世界中の人間の手を集めて博物館をつくり、平和の施設に、てのひらの作品を設置するのが私の夢である。


by tunisianoyoru

カテゴリ:作家活動日誌(第二部)( 42 )

山田アキラのパンドラの箱 ~紙芝居展~

2012年3月10日(土)~3月18日(日)  3月12日(月)は休館

 場所 『アートスペース ひらき』   10時~18時

 〒524-0046 滋賀県守山市今宿2丁目14-5  http://ftvjapan.ddo.jp/~hiraki/

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『遊びながらマンガが描けるようになる体験ワークショップ』


      場所  アートスペース ひらき


      期間  2012年3月10日(土)14時~16時
           2012年3月17日(土)14時~16時

内容

前半1時間は、マンガをコピーした資料を、ハサミと糊を使ってコラージュマンガを創ります。
 後半1時間は、2名~4名で順番に一人一コマづつマンガを描いて、リレーマンガを創ります。

 参加年齢ですが、絵を描くのが好きな子なら小学生高学年ぐらいから参加できます。絵が得意でない人も、楽しみながら体験できます。3月10日も3月17日も同じ内容です。


参加費用 一人 100円


 作家&ワークショップ進行役 てのひら文化彫刻家 山田アキラ

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 ~人間について考える人達~ 芸術、文化、社会活動、マンガを活用した美術教育、生涯学習、てのひらフィールドワーク 関西を中心に活動。
by tunisianoyoru | 2012-03-02 05:13 | 作家活動日誌(第二部)
巨大ガニ・てのひら彫刻(石膏標本)・てのひら彫刻(触覚)・紙芝居絵本の4つに分けて整理していく。


巨大ガニの作品のなりたち

愛荘町立愛知川小学校の2010年の小学一年生の手101人で構成している。

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でかいので迫力がある。
かわいい。
色が付いている石膏のジェラートのような色合いがおいしそう。
足がセクシー。
アームがカネゴンに似ている。
雲の上にいる感じ。
気持ち悪いかと思ったらそうでもなかった。
人が作品になるのがおもしろい。
構成については子どもが喜ぶような造形をめざした。
子どもたちにとっては良い経験になったと思う。

巨大ガニの本体は石膏でつくってますが、ドリッピングみたいに石膏を垂らしてつくってます。もっと派手に色を混ぜていっても面白いと思います。

問題点 

制作・展示に時間と労力がかかりすぎる。
重く、破損しやすいため非常にあつかいにくい。
でかすぎて保管場所がない。

石膏という素材を使う理由は?なぜ他の素材ではいけないのか?という質問がありました。

光を吸い込む感じは美しいですね。折れたり欠けたりしますが、崩壊する姿も美しいと思っています。人間は完全ではないですし、サモトラケのニケも崩壊しているからより美しいと感じるんだと思います。


てのひら彫刻(石膏標本)について
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石膏標本のリアリズム、作品化された人達の人生観の抽出、写真による作家の感じるリアリティの表現という3点構成を発見したことが大きかった。ここまで来るのに3年ぐらいかかりました。

場所によって展示の形は変わりますが、現時点ではこれが完成形だと思います。

5ミリのアクリルケースの空間をつくりだす力は大きいです。ケースが下の台と一体になっているのでさらに強固な感じが出ます。

作品の中心をケースの中央やや下あたりに持ってくるのがポイントで、そのためにはケースの中に台を置いて中心を上げて立体構成をつくるのが映えるようです。

高さ90cmの台とかちょっと高すぎる台がたくさんあったのですが、展示の高低差のばらつきがいい感じになったりするので、高めの台があっても面白いなと思いました。
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斜めにケースを置いている理由は、観客の歩くルートと視線を考えてケースを正面に向けるより斜めに置いたほうが見やすかったからです。

なぜ写真だけではいけないのか?石膏でいちいち手をかたどりする必要はないのではないか?という意見がありました。

いくつか理由がありますが、ひとつは、実在があるということが私には重要なことで、かたどりには私がどうがんばっても、実際そのままのリアルな形が出てきます。一方写真は、こんなふうに撮ってやろうという作家のリアリティが含まれるものなので、標本のリアリズムと、写真のリアリティというものが両方必要だと思っています。

もし手の写真だけ撮っていたら巨大ガニのような作品は出てこないと思います。
かたどりするとき、一時間ほど応答したり、アンケートを書いてもらったりしながら、コミュニケーションをとることで本人の人生観が伝わってきます。
作家の作品ですが、モデルも作品に主体を持つことができるというのも特徴です。



てのひら彫刻(触覚)・指と粘土のシリーズ。
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作品のなりたち

ほとんど苦しまぎれに製作したもので、粘土に大勢で手を突っ込むだけだが、観客の反応は良かった。
写真は現実にはない風景を作り出すことに成功している。ふだん写真を撮って発表している人達からも好評であった。
拡大写真の展示が好評であり、今後も色々なシリーズに発展する可能性があります。

問題点

時間がかかり面倒な作業が多いのが難点。
冬は寒すぎて制作に向かない。

私の作品の中では、平面に展示できる数少ない作品のひとつです。
意識してませんが、このシリーズはコンテンポラリーアートに近いですね。
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他人の手が介入して作品が成り立つという構造についてはてのひら彫刻と変わらないのですが、視覚に訴える形のリアリズムではなく、触覚に訴える動きのリアリズムだと思っています。

今後の活用については、ヴィデオアーティストとのコラボが決定したり、コンテンポラリーアート展への出品などをしながら、実験を重ねていくつもりです。

個人用にも転用できるし、筒形とか球刑とか大きな作品もつくれそうです。



紙芝居絵本について

デカダンスなシナリオと、奇妙なイラストで構成されるサブカルチャー表現。
駄菓子のおまけのようなものです。全部で24枚。
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作品のなりたち
てのひら彫刻は職人みたいな作業ばっかりで、作家の思いを十分表現することができないため、その反動でやりたい放題に描いている作品。

縦構図なので紙芝居の様式とは合わない、本にもなってないので絵本とも言えない、とりあえず現時点では、紙芝居絵本と言っています。思考時間は長いが、描きはじめたら作業は3日ほどで終わる。作者はけっこうまじめに下書きしていたりする。

絵について
切り絵表現へ向かってもいいのではないか?
小さなコマを追加して漫画風にしたらどうか?
私の絵は技術的には10世紀ほど遅れています。
人の心に残像を残すような絵を描きたいと思っています。
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全体にシナリオはよかったと思いますが、言葉の表現はもっと研究してもいいと思います。
回廊に色味が出たので、展覧会的にはよかった。


反応は年代によってさまざまでした。50歳以下の年代にはおおむね楽しんでいただけたようです。50歳以上の年齢層からの反応はあまり良くなかったです。世代間のギャップがありますね。

この紙芝居絵本、てのひら研究博物館の子ども向け解説パネルを絵本的に表現したものと、フランダースの犬を元にした作家のオリジナル作品ですが、ブログにアップするかどうか検討中です。
by tunisianoyoru | 2011-06-02 09:20 | 作家活動日誌(第二部)
はじめに今回の展覧会の作品の制作日程についてを整理。


2011年 1月の中頃~3月の中頃まで
こどもの手の基本的な型取りとユビのシリーズを制作、大人のてのひら彫刻の制作。


2011年 3月後半~4月後半
巨大ガニの本体制作、同時にDM、フライヤーも制作。

2011年 5月前半、
搬入と展示作業。若林先生に巨大ガニ展示を任せ、小川さんには、写真、てのひら彫刻の展示や解説パネルなどを作成してもらう。私はアームなどの付属パーツ、紙芝居絵本を制作。


総制作時間4ヶ月。1000時間ぐらいでしょうか。1500時間はかかってないと思います。


今回の展覧会で使用した材料について整理する。

展覧会に向けて用意したもの。
石膏が300キロ、色石膏80キロ アルギン酸印象材60キロ、スタッフ5玉、粘土200キロ、塩ビパイプ40ミリ×2mが8本、スプレー6本、写真六つ切り56枚、フォトフレーム56枚、厚み3ミリのアクリルケース19個 大3中6小10  展示台7台

びんてまりの館の設備と備品 
厚み5ミリのアクリルケース付き展示台9台 900×300×300ミリの展示台30台、長机が8台と展示用の布10m 全紙サイズの写真パネルが6枚 子供たちの手の写真のパネル、キャプション 紙芝居絵本のシナリオ等を合せると大小50枚の貼りパネを使用。 

総材料費 50万円ぐらいでしょうか?たぶん100万円はかかってないと思います。



今回の新しい試みについて整理する。

企画面では、地域性、テーマ性を重視して、大勢の人が関わる展覧会となり、生涯学習としては大きな成果があったと言っていいと思っています。


標本のリアリズムだけでなく、参加者の人生観の抽出、作家のリアリティが写真、自由造形、紙芝居絵本で表現できた。様々な観客層、異なる年代層に向けて、様々な角度から展覧会をつくることができました。


巨大ガニは、てのひら彫刻のシンボリックな作品になった。幅5.8m縦2.7m高さ2.3~3.0mというサイズなので保管に困るという課題が残る。今後の活用も検討していきたいと思います。


回廊に絵本かみしばいをてのひら彫刻と一緒に展示。これには賛否両論あったが、私は今回の展示に限っていえば必要だったと思っています。今後は基本的に分離独立させる方向で検討。



今回の展覧会での発見したことについて整理する。


てのひら彫刻の展示について

石膏標本のリアリズム、作品化された人達の人生観の抽出、写真による作家の感じるリアリティの表現という3点構成を発見。


アクリルケースについては5ミリと3ミリの違いがある。5ミリのアクリルケースの空間をつくりだす力は大きい。


照明については、あまりいじらなくてもよかった。びんてまりの展示室の照明は、黄色の電球色で、彫刻の展示向きである。


びんてまりの展示室は、壁は白やグレーでなく、黄色である。これは展示が難しかった。


次回は巨大ガニ・てのひら彫刻(石膏標本)・てのひら彫刻(触覚)・紙芝居絵本の4つに分けて整理していこうと思います。
by tunisianoyoru | 2011-06-01 01:38 | 作家活動日誌(第二部)
とりあえず展覧会の概略は前回書きましたので、今回は展覧会の内容をざっと掲載したいと思います。

はじめに作品に協力していただいた200名あまりのみなさんに感謝します。

そして企画を取り上げてくださったびんてまりの館の小川学芸員、巨大ガニの設置と組み立てを一手に引き受けてくださった愛知高校の美術教師、若林隆先生に感謝します。
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作品は会場に入りきらず入り口にあふれた。
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中心の巨大ガニは幅5mあり、会場の中央に置かれた。
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巨大ガニは101人のこどもの手で構成されている。製作には4ヶ月、展示には10日を要した。
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現代の大人には絵本が必要です。 『フランダースの犬畜生』オリジナル絵本。
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28体の個人の、てのひら彫刻が並ぶ。
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『ゆびの惑星』パネル6枚には、70人のこどもの触覚で構成されている。

立体製作、平面製作、写真撮影、シナリオ編集、フライヤー製作、展示構成、4ヶ月間孤軍奮闘。手が何本あっても足りないほどだったけれど、充実していた。

作品の規模、サイズについてはびんてまりの館の展示ではおそらく最大規模になったと思います。

おもしろい記事になると思いますので、新聞社の方にはぜひ取材をしてほしいです。

展覧会も1週間を過ぎ、残るところ2週間です。

作家が10時~18時まで一日中会場にいる日は、5月の19、21、22、28、29日です。

18日、25日は16時~18時に会場にいます。

20日、26日、27日は、ほとんど会場にいません。16時~17時の30分ぐらいのみ。


次回は展覧会の詳細と反省点を書きたいと思います。
by tunisianoyoru | 2011-05-16 02:45 | 作家活動日誌(第二部)
 山田アキラのてのひら研究博物館~101人のこどもたちとせんせいの手~

 5月ゴールデンウィーク明け11日から開催!!!

 詳細 2011年5月11日(水)~5月29日(日) 10時~18時 月・火曜日は休館。

 場所 滋賀県 愛荘町立 びんてまりの館(愛知川図書館)

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 今回はびんてまりの館の企画展です。200名以上の人達と関わり、制作しました。

 てのひら彫刻博物館のメインテーマは『人間について考える人達』ですが、今回は『こどもたちと教育』という文脈で統一した企画展です。

 びんてまりの館のある、滋賀県の愛荘町は人口2万人程度の地方の町です。交通の便は悪いのですが、今年で10年目の比較的新しい、図書館と一体となっている博物館施設があります。

 びんてまりの館とは、滋賀県指定の伝統的工芸品、びんの中にマリが入っているびんてまりという『奇妙なオブジェを展示しているマニアックなやかた』なのですが、図書館と併設されていることもあって、大きな展示室を持っています。

 びんてまりと何の関係があるのか謎ですが、過去に彫刻家、朝倉文夫、写真家、土門拳など、普通はびびってやらないようなビッグネームの展覧会をしていて、意味不明で不気味です。

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 朝倉文夫も土門拳も、私にとってはお手本にしていた作家なので、とても気になっていた展示空間だったわけですが、一年半ほど前からびんてまりの館にちょくちょく関わるようになって、気が付いたらびんてまりの館で展覧会をすることになっていました。この展開の早さには自分でも驚いています。

 私のてのひら彫刻をつくるためには、他人の手を借りねばならず、ひとつ作品をつくるたびに、一人の人間と知り合うことになります。今回は小学生の手からどんどん人から人へ伝わっていって、最終的に町長のてのひらまで作品になってしまったので、まさに地域そのものが展覧会になっているという様相です。このびんてまりの館の戦略、実にうまかったなと言わざるをえません。

 私にとっても、愛荘町の、学校、図書館、博物館、地域全体が魅力のあるものに見えたし、そうでなければ、この企画展はなかったと思います。直接関わっていただいた人達、影で支えていただいた人達、そしてこの展覧会に興味をもって、滋賀県のびんてまりの館に足を運ぼうとされている方にも大きな感謝の気持ちを届けたいと思います。在り難き仕合せであります。

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 山田アキラの次回展については、滋賀県はアール・ブリュットで、アジアの中心的位置にあることなど考えまして、福祉をテーマに持ってきたいと考えています。
 どこでするかについては未定です。御紹介いただければありがたいです。

 このてのひら彫刻の企画をここまで進めることができたのも、これまで協力していただいたみなさんのおかげです。あのときの手の作家どうなっただろう?そういえば、あの男はあれからどうなったのか… そんなことが気になったら、ぜひ展覧会をみにきてください。
by tunisianoyoru | 2011-04-28 00:27 | 作家活動日誌(第二部)
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美術の教育実践をアートとして自己流に再編集、再構築し、表現する作家、若林 隆の作品。

写真は展示風景なので、本番はもう少し整っているはずです。

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これらは、生徒作品でもあり、一表現者としての作家の作品でもある。

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タイトル 愛知高校と美術教育展2

2011年 2月16日(火)から2月27日(日) 10時~18時 21、22日(月、火)は休館

場所 滋賀県 愛荘町立 愛知川図書館・びんてまりの館

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 特に浜崎あゆみの写真を白黒コピーし、生徒に落書きをさせる教育実践が面白い。アンディ・ウォーホールのように再構築した作品は、並の美術作家では太刀打ちできない面白さがある。本の表紙やアルバムジャケットにも使えそうですよ。

 美術関係の雑誌の表紙にしても十分通用する出来だと思う。

 展示を手伝っていて、何か新しいものが生まれる瞬間を見た気がした。
 
by tunisianoyoru | 2011-02-16 00:20 | 作家活動日誌(第二部)

制作風景1

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上の写真は次の展覧会に向けての作品制作の作業風景。

滋賀県、愛荘町立愛知川小学校の協力を得ての制作。
(こどもらの顔は避けての掲載しました。)

101人の子供の手でひとつの作品をつくる予定です。

30分で9人の子供の手をとるのは、厳しい作業です。
そして作業の説明もその30分でやるので、たいへん忙しいです。

少女の質問
「先生って、いつも腕組みしてたよね。」

彫刻家
「別に偉そうにしてたわけじゃなくて、気をつけないといけない事とか、考え事があると、腕組みする癖があるのかもね。」

少女の質問
「クラスの子が言ってたけど、先生ってイケメンなん?」

彫刻家
「どうだろうね、二枚目半ぐらいでがんばっているつもりなんだけどね」

少女の質問
「なにそれ?まあまあイケメンってことなん。」
「でも先生ぐらいの年齢になったら、結婚せなあかんわ。」

彫刻家
「それは、答えにくい質問だね。」

少女の質問
「小学校の先生と結婚したらいいのに。」

彫刻家
「難しいことを言うね。」

こんな調子で、外野から話しかける子もいる。

つまり今日の教訓は、少々飛躍がありますが、
「恋愛についてはみんな知りたがるが、結婚については誰も知りたがらない。」

ということでどうでしょうか。
by tunisianoyoru | 2011-01-26 14:45 | 作家活動日誌(第二部)
アール・ブリュット・ジャポネ凱旋展~パリに行った作家たち~

2011年2月1日(火)~6日(日)

会場 大津プリンスホテル


http://www.art-brut.jp/


かなり混雑しそうですね。
by tunisianoyoru | 2011-01-18 22:07 | 作家活動日誌(第二部)

ベルニーニの自画像

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 国立国際美術館のウフィツィ美術館の自画像コレクション展で、彫刻家ベルニーニの自画像を見て、足が止まる。まさかベルニーニの自画像が見れると思ってなかったので、興奮する。

 この作家は私にとって別格なので、長い間作品を見ていた。すると、妙なところに気が付いた。
ベルニーニの技巧がすばらしいのはわかるものの、違和感があった。頼りない私の経験からでも、この絵は、自画像っぽさが欠けているように思われた。

 どんなに作家が隠そうとしても、自画像には自分の内面が転写される。このベルニーニの自画像を描いた人物?はベルニーニを外面から捕らえつつ、内面を描こうとしているが、ベルニーニのことをよく知らないように思える。つまり、ベルニーニ本人が描いたものではない…。

 これはベルニーニが描いた自画像ではなく、ベルニーニ本人をモデルにして誰かに描かせた肖像画ではなかろうか?

 肖像画として見るとよく出来ていてしっくりくるのである。ポーズや、服装が肖像画というよりも自画像的なのも確かであって、そこらへんが謎である。

 彫刻制作のように協同作業をした可能性も否定できないだろう。油絵の具は使い慣れていなかったはずである。自画像を指示したのはベルニーニだが、実際には描いたのは弟子だったので、「肖像画なのか自画像なのかなんとも云い難いものになった」という可能性は高いと思う。だいたい真実はこのへんにあるのではないか。

 (画像は焼きそばを食っているもので、ベルニーニとは関係ありません)
by tunisianoyoru | 2011-01-17 20:31 | 作家活動日誌(第二部)
 正月に私が見た夢は、今現在の年齢で高校に入学するものであった。



 意味不明だが、夢では、これから1年間高校に通わなければならない設定になっていた。

 その世界の高校では、時間の流れ方がおかしく、建物は新しくなっているが、担任はまったく齢をとっておらず、若いままである。(誰の夢でも、先生はいつまでたっても歳をとらないのだろう。)

 クラスに何人かは、親しくはないが、顔と名前ぐらいはわかる程度の知人が入学しており、その知人も年はとっていないように見える。

 時間割はあるが、なぜかそのとおりに授業はなく、ぼんやり教室で担任の話を聞くだけである。

 授業の内容は、

 「本校は増築によって、新しい教室ができたので、君達はそこで授業が受けられるが、下駄箱に近い教室か、運動場に近い教室か、どちらを選ぶかで議論せよ。」

 というものであった。

 いくら生徒中心の高校でも、そんなことまで生徒が決めたらややこしいだけであり、どうでもいいのではないか…。

 しかし、学ぶ者に主体性がないと言われるかと思い、先生が決めてくれとは言えない。

 私の名前が呼ばれると、私が入学していることを知り驚いたようにしている女性がいた。その人は当時、私より一年下で病弱で休みがちだった人であった。

 あまり歳はとっていなかったが、その人の顔の皮膚はひどく荒れており、私は、彼女の顔をじっと見ることを避けた。

 教室を出ると、さらに幾名かの知人と挨拶をしたが、彼らは高校時代とほとんど変わっておらず、時が流れたことを感じさせない。不思議と現実世界で良く会う友人にはまったく会わない。

 次の日、寝坊していることに気が付く。

 一時限目には間に合わない。高校時代に遅刻などしたことなかったが…。こんなことで高校生活を無事全うできるのだろうかと不安になった。


 その日、2日目は、なぜか全校が集まる体育館で、演説している自分がいた。


 体育館での演説で私はこんなことをしゃべった。

(前置きは省略)

 あと10~20年ほどすれば、労働者人口が激減し、若者が現在のように就職に困ることはなくなっているはずである。君達はこう考えるかもしれない。

 つまり今の若い人はたくさん子供をつくっても、その子が成人するころには、余裕で仕事を選べる時代になっている可能性があるので、どんどん子供を作っても問題ない。

 そして不安の少ない安定した生活をするようになった人達は、たくさん子供をつくる可能性があると… そう考えるのは楽しいが、まずそうはならないだろう。

 未来の若者たちは、就職は簡単だったが、働いてもほとんど税金で持っていかれるため、何のために働くのかわからないという展開になっているかもしれない。

 同じ働くなら、賃金は低くても、税金の安い国のほうが、生活は楽ということもありうるかもしれない。

 そうなると優秀な者は、日本を離れるが、海外に出たくないという日本の学生も多くいるだろう。企業はそんな学生をほしがるだろうか…。

 外国籍の労働者にとっても、税金が高すぎるため、日本へはこなくなっていくわけだが、大企業は、外国籍の特に優秀な若者は大抜擢するだろう。日本の学生はますますいらないという形が加速していくのかもしれない。

(後半略)

…学生の反応は薄くこの場面は終了。

 夢の中で、なぜ私は高校に入学しているのかという疑問が芽生える。卒業した高校に再び入学する必然性がどこにあるのだ。

 私はここでいったい何を学ぶのか?

 今も昔も、この高校は自分の立ち方を考えさせられる場のようである。

 私は高校時代、美術部だったころの夢を見ない。私にとってはあの時代は過去になっておらず、いまだに進行中なので、高校時代の美術部の夢を見ない。

 これは私の意識の深いところで決められたルールである。今回の夢も美術室でなく教室の夢である。

 それはいいとして、なんで今頃入学しなければならないのか。

 思い返せば、わたしが、当時15歳のころ、入学したのは高校ではなかったように思う。おそらく実質は美術部に入学したのだ。そして高校の授業といういくつかのクラブを兼部していたというほうが正しいかったように思われる。

 つまり私は、今頃勉強不足を感じているのだろうか?

 などと書いてみたが、これは予知夢ではなく心理状況が示される夢だから、今の自分の心理が夢の形に出てきただけなんでしょうね。



 残りは、ドストエフスキーの小説に登場していそうな小役人風の男に解説をしてもらいましょう。(これより下は、さらに意味不明)

 なるほど、高校時代の夢を見ましたか!

 これは特別、言いにくいことでもないですな、よくある現実逃避の一種ですな。

 あなたは、最近うまくいっておらず、古き良き時代をノスタルジックに思い出した。

 しかしながら、夢に出てきたのは、あれほどよく通っていた美術部ではなく、ただ、ぼんやりしていただけで、何の思い出もない教室だったとはねえ!

 小役人の視線は、私の顔を通り過ぎて、どこか、部屋の真ん中あたりあった。

 あなたは、それがなんなのかよくご存知でしょうが!


 「苦しまないものづくりなんてありませんし、自分の血を流さない芸術作品なんて私には考えられません。…古傷を開いてでも痛みを感じていなければ、作品制作なんて、ただの作業で終わってしまうんですよ。」



 この辺りまで書いて、文章を読み返してみて、そろそろ終わったほうがよさそうなので、唐突に終了する。
by tunisianoyoru | 2011-01-06 02:57 | 作家活動日誌(第二部)